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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和29年(ネ)14号 判決 1956年4月30日

控訴人(原告) 中田太賀

被控訴人(被告) 小松市若杉地区農業委員会 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人山崎清義及び小松市若杉地区農業委員会は、同委員会(当時小松市至誠地区農地委員会と称す)が昭和二三年一月八日なした同市佐々木町イ二〇二番地の二、宅地八九坪に対する買収並びに売渡計画は無効なることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、被控訴人山崎清義は訴外山崎清右ヱ門から、本件宅地上にある建物の贈与を受けたものであるとの被控訴人らの主張を否認する。と述べたほかは、原判決摘示事実と同一であるからここにこれを引用する。

(立証省略)

理由

まず、被控訴人らの本案前の抗弁について案ずるにおよそ、行政処分に内在する瑕疵が、当該行政処分の無効原因となる瑕疵であるか、はたまた取消原因となるにすぎない瑕疵であるかの一般的な規準を示すことは、はなはだ困難な問題ではあるが、一応その瑕疵が重大かつ明白な場合は、右行政処分は無効であり、然らざる場合は取消原因となるにすぎないものというべきであつて、その何を以て重大かつ明白な瑕疵とするかは、ひつきよう行政処分を形成する具体的な事実関係を明らかにしたうえ、これを当該行政行為を規制する法規の合目的な解釈との関連において、右法規に当てはめてみて、決定するのほかはないものといわなければならない。そして、右具体的事実は、本案の審理を経て、はじめてこれを明らかにすることができる事柄であるから、本案前においては被控訴人らのいうように、控訴人主張の瑕疵を以て、単に取消原因にすぎないものとし、引いては右自己の見解に基いて、控訴人の本訴提起が法定の出訴期間の制限に反するものと非難することは許されないものというべく、被控訴人らの本案前の抗弁はこれを採用することができない。

よつて、進んで本案について審究するに、小松市若杉地区農業委員会の前身である当時の同市至誠地区農地委員会が、被控訴人山崎清義の申請により、昭和二三年一月八日、同市佐々木町イ二〇二番の二宅地八九坪について、旧自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第一五条第一項第二号の規定に基き買収並びに売渡計画を樹立したうえ、同年二月二日右宅地を買収して、これを被控訴人山崎清義に売渡し、同人のため、昭和二五年三月三〇日金沢地方法務局小松支局受付第四一三四号を以て、所有権移転登記手続を経由したことは当事者間に争いがない。ところで、控訴人は、

(一)  右買収並びに売渡にかかる宅地八九坪は、控訴人と訴外山下正男の共有地であるのに、被控訴人小松市若杉地区農業委員会が、これを控訴人の単独所有地として買収並びに売渡計画を樹立したのは違法であると主張する。そして、成立に争いのない甲第一、二号証によれば、右買収並びに売渡計画樹立当時、登記簿上右宅地が控訴人と訴外山下次郎七の共有として登載せられていたことは明らかである。しかしながら、右甲号各証、原審証人黒本定吉、同西出久四郎、同山下正男、同山崎清右ヱ門の各証言及び原審における検証の結果によると、もと本件宅地八九坪は、登記簿上は小松市佐々木町イ二〇二番の一宅地一〇三坪と合わせて、同所イ二〇二番宅地一九二坪の一筆の土地として、控訴人及び訴外山下次郎七(山下正男の先代)の共有地に登記せられてはいたがすでに明治年間において、右宅地は当時の共有者であつた控訴人先代中田太助と訴外東出太平間において共有地の分割が行われ、控訴人先代太助はうち八九坪を、訴外東出太平は残り一〇三坪をそれぞれ単独で所有するに至り、両地の境界は植木を植えて明確に区分し、地上には各自所有の家屋があつて、当時から紛れもない別個独立の宅地となつていたのであつて、その後大正一一年山下次郎七において、右訴外東山太平からその所有の宅地建物を買受けたものであり、昭和二四年一〇月一三日、前記イ二〇二番宅地一九二坪を、右両地の実際に従つて同所イ二〇二番の一宅地一〇三坪及び同所イ二〇二番の二宅地八九坪の二筆に分割登記せられたことを認めるに足り、右認定に反する証拠はない。思うに、政府が自創法第一五条第一項第二号の規定に従い。いわゆる宅地の付帯買収計画を樹立するに当つては、単に登記簿上の記載によつて宅地所有者を定め、これを買収の相手方となすべきではなく、その真実の所有者を相手方として右計画を樹立すべきものであることは、むしろ当然の事理とすべきであつて、このことは農地買収についての最高裁判所の判例(最高裁判所昭和二五年(オ)第四一四号、大法廷判決)の趣旨からもこれを窺えるところであるから、前記小松市若杉地区農業委員会が本件宅地の付帯買収計画を樹立するに当つて、宅地の所有者を登記簿に依拠することなく、宅地の実際の所有関係に基いてこれを樹立したことは、正に当然なすべき処置を行つたものというべきである。されば、同委員会の本件宅地買収計画には控訴人主張の如き違法のかどはない。

(二)  次に、控訴人は、被控訴人山崎清義は本件宅地の賃借権者でないのに、被控訴農業委員会が、右山崎清義を本件宅地の賃借人であると誤認して、前示買収並びに売渡計画を樹立したのは違法であると主張するのに対し被控訴人らは当時被控訴人山崎清義は右宅地の正当な賃借権者であつたから、右行政処分は適法であると抗争するので、以下これについて考えてみるに、本件宅地上に現存する建物一棟は、もと控訴人先代中田太助の所有であつたが、同人は数十年前右建物を、被控訴人山崎清義の祖父である山崎徳松に売渡し、同時に徳松に対して本件宅地を、期間の定めなく賃貸したこと、徳松は昭和一三年五月二五日死亡し、被控訴人清義の父山崎清右ヱ門が右賃借人たる地位を承継したことは本件当事者間に争いはなく、その後控訴人先代中田太助も死亡したので、控訴人において賃貸人の地位を承継したことは、被控訴人らの明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなすべきである。成立に争いのない甲第三、第五号証の各一、二、郵便官署作成部分の成立について争いがなく、当審証人東出徳次郎の証言によりその余の部分も真正に成立したものと認める甲第四号証の一、二、成立に争いのない乙第一のないし第六号証及び同第一一、第一二号証に、原審証人黒本定吉、同西出久四郎、原審並びに当審証人山崎清右ヱ門の各証言、原審並びに当審における控訴本人及び当審における被控訴本人山崎清義尋問の各結果並びに前示検証の結果を綜合すると、山崎徳松は本件宅地上の建物(木造平家で、本訴提起当時はいまだ未登記)を買受けると同時に、従来の居宅はこれを長男の清右ヱ門に譲り、徳松夫婦は本件宅地上の建物で隠居生活をするようになつたが、控訴人清義は一〇歳位の頃、母とよが死亡したので、継母との関係を考慮して、その頃から祖父徳松に引取られ、右隠居所に居住するようになつたこと、昭和一三年徳松は死亡したので、清右ヱ門は家督相続により本件宅地上の建物の所有権及び宅地の賃借権を取得したが、徳松は生前右家屋を控訴人清義に与えたいと意思があつたので、清右ヱ門は控訴人清義が昭和二〇年九月海軍甲種予科練習生から復員して来たのを機会に、亡父徳松の遺志に従つて、右建物を控訴人清義に贈与すると共に、一部自己の小作地の耕作権をも清義に譲り、清義は右小作地及びその他の農地を自創法による解放農地として政府から売渡を受け、本件地上建物に居住して農耕に従事するようになつたこと、一方、控訴人は永年地方公務員として、大阪府守口市に居住しているものであつて、本件係争宅地の地代は、これまで他人に依頼して取立て、または直接賃借人たる清右ヱ門から送金を受けていたが、いまだかつて何人からも、本件宅地の賃借権を被控訴人清義に譲渡又は転貸することの承認を求められた事実はなく、もちろん控訴人においてこれを承諾したことはないこと、しかるに被控訴農業委員会は、被控訴人清義から本件宅地の付帯買収申出があつた際、同人が右宅地上の建物に居住しているところから、後記清右ヱ門の述べるところによりたやすく控訴人清義に本件宅地の賃借権が存在するものと誤認して、前記買収並びに売渡計画を樹立するにいたつたことを認めることができる。もつとも、前示証人山崎清右ヱ門及び被控訴本人山崎清義の各供述は、右賃借権の譲渡について、前記建物贈与に当り、清右ヱ門は本件宅地の賃借権も被控訴人清義に譲渡したので清右ヱ門から控訴人にその承認を求めたところ、控訴人は何等の異議を述べず、暗黙裡に右譲渡に対し承認を与えていたものであると述べているが、右各供述部分は、これを前示甲第三ないし第五号証の各一、二及び控訴本人の各供述と対比してみて、にわかに措信し難く、その他被控訴人ら提出援用の各証拠資料によつても前段の認定を動かし控訴人清義に賃借権が存在したものと認めるに足りる確証は存在しない。してみると本件宅地の付帯買収並びに売渡計画は、買収申請者たる被控訴人山崎清義において、賃借権を有しないにもかかわらず、これを有するものと誤認して樹立せられたものであるから、この点に瑕疵があり、違法であるといわなければならない。

そこで、右のような違法は、本件買収並びに売渡計画を当然無効ならしめるものかどうかについて考えてみるに、いうまでもなく、自創法による事業は、我国農地制度の急速な民主化を図り、耕作者の地位の安定、農業生産力の発展向上等を期するため、公権力によつて、短期間に大量的に、農地及びこれに付帯して農業経営上に必要な土地、物件、権利等を買収しようとするものであり、かかる大量的な行政処分においては、短期間に適確に真実の借地権者を探求することは事実上困難であり、ことに本件のように、宅地の所有者たる賃貸人が遠隔の地に居住し、その地上建物の居住者は非賃借人ではあるが、真実の借地人と父子の関係にあるような具体的事情の下においては、被控訴農業委員会が、現在地の借地関係者の述べるところを以て、一応真実に合するものと推量することは極めて自然であるから、たとえ右農業委員会が本件買収並びに売渡計画の樹立に当つて、前記のような過誤を侵したとしても、その瑕疵は右各計画を当然無効ならしめるほど重大かつ明白であるとまではいうことができず、単に取消し得べきものたるに過ぎないものと解するのが相当である。

以上に述べたように、本件宅地に対して被控訴農業委員会が樹立した買収並びに売渡計画を以て、当然無効の行政行為となし、その確認を求める控訴人の本訴請求は失当としなければならない。

よつて、控訴人の本件控訴はその理由がないので、これを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田市平 伊藤寅男 岩崎善四郎)

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